大阪地方裁判所 平成6年(ワ)2355号 判決 1995年1月19日
原告
坪井勇治
ほか一名
被告
福田治
ほか一名
主文
一 原告らの被告福田治、同福田紀美子に対する請求はいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告福田治は、原告坪井勇治に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成四年九月一二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、連帯して、原告坪井琴実に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成四年九月一二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告福田治運転の普通乗用自動車が、原告坪井勇治運転の普通乗用自動車と衝突したとして、物損と同乗者の原告坪井琴実の傷害について損害賠償請求したものであるが、被告福田治は、原告車を運転して事故を起こしたのは自分でないと主張し、被告福田紀美子は自動車損害賠償保障法第三条の運行供用者でないと主張して、いずれも責任を争つた事案である。
第三争点
一 被告治の不法行為責任
1 原告の主張
被告福田治(以下「被告治」という。)は、普通乗用自動車(車両番号大阪七八す一〇四一、以下「被告車」という。)を運転して、平成四年九月一二日午後九時三五分ころ、大阪府東大阪市中鴻池町一丁目一番一八号先交差点にて、東から西方向に向けて、対面信号が赤であるにかかわらずそのまま進行したため、同交差点を北から南方向に進行する原告坪井勇治(以下「原告勇治」という。)が運転し、原告坪井琴実(以下「原告琴実」という。)同乗の普通乗用自動車(車両番号大阪五三ろ八〇五五、以下「原告車」という。)と衝突し、原告車が破損し、原告琴美は脊椎損傷の傷害を受けたものである(以下「本件事故」という。)。
被告治は、本件事故は、被告車を自ら運転したものではなく、氏名不詳の者が乗つて事故を起こしたものであり責任が無いと主張する。
しかし、被告治の主張は極めて不自然であり信用できないものである。
即ち、名前を知らない者から呼び出されて、被告車を取られ、一時間後に損傷して戻つてきたこと、その間被告治は何もせずにいたこと、警察には被害届けも出さず、本件事故について警察で調べられた時に、当初自損事故であると供述しており、被告車を取られたとは言つてなかつたこと、被告車を修理して、平成五年一月ころに売却しているが、事故後日時を経過してから処分したのは事故を起こしたことを隠すためであり、このように被告治の主張は信用できないものであり、被告治が本件事故を起こしたものである。
よつて、被告治は民法七〇九条により、原告らの損害に対して損害賠償義務がある。
2 被告治の主張
被告治は、被告車を氏名不詳の者に強要されて貸し、その者が被告車を運転して本件事故を起こしたものである。
被告車を貸した経過は次のとおりである。
平成四年九月一二日午後九時頃、名前は知らないが車の遊び仲間の一人からポケツトベルで呼び出されたので、一人で被告車を運転して八尾市桂町付近まで行つたところ、七、八人の若い男たちに取り囲まれ、やくざ者の様な言葉づかいで車を貸すように迫られ、断つたが抗しきれず、その中の一人から無理矢理鍵を取り上げれられて、車に乗つていかれたものであり、被告車は一時間位して戻つてきたが、一部が壊れていた。
以上のとおりであり、被告治は自らが運転して事故を起こしたものではないから本件事故についての責任はない。
三 被告福田紀美子(以下「被告紀美子」という。)の自動車損害賠償保障
法第三条の責任
1 原告らの主張
被告車の所有者は被告紀美子であり、かつ、同人は被告治とは叔母、甥の関係にあり、被告治と同居しており、自動車損害賠償保障法第三条の運行供用者である。
2 被告紀美子の主張
被告車の名義が被告紀美子になつていたのは、被告治が貸しガレージの賃貸借契約をするために被告紀美子の名義を借りたものであり、被告車は被告治が購入したものであり、同人のみが利用しており、被告紀美子は一度も運転したことがなく、購入後の維持費も全て被告治が負担しているのであり、被告紀美子は被告車について、事実上も運行を支配する立場になく、自動車損害賠償補償法三条による責任はない。
第四争点に対する判断
一 被告治の不法行為責任
証拠(甲一の一及び二、一〇、一二、一三、乙一、原告琴実、被告治本人)によれば、以下の事実が認められる。
被告治は、平成四年八月頃、知り合つた氏名不詳の者(以下「A」という。)から車で一緒に走らないかと言われて、Aに自分のポケツトベルの番号を教えていたところ、Aより三回位呼び出しがあつたが、被告治は、昼間は運送会社に勤務し、夜は夜間学校にいつていたので、疲れており、呼び出しがあつても出かけることはなかつた。
平成四年九月一二日午後八時ころ、Aよりポケツトベルで、九時に来いとの連絡を受け、八尾市桂町にある自動販売機の所に被告車を運転して行つた。この場所に行つたのは、最初Aに会つた時に、桂町にある自動販売機のところを待ち合わせ場所と指定していたからである。
集合場所に着いたところ、そこには五、六人の者がいて、その内の一人から、「車を貸せ」といきなり言われ、拒否したが鍵を取り上げられ被告車に乗つていかれた。一時間位してから、被告車が戻つてきたが、被告車の右前が破損しており、運転していた者も頭や右手の甲から血が出ており車を返すときに「ちよつと、車当ててしもうた、車はきつちり修理するから、警察にも誰にも言わんといて」と言われた。
被告車は同年一〇月頃修理し、平成五年一月ころ売却した。
以上の事実が認定されるところ、被告治の供述については、以下の点に付いて疑問を抱かせる点もある。
即ち、Aから呼び出されて集合場所に行き、氏名不詳の五、六人がいて、そのうちの一人に被告車を貸したが、Aを含めその場にいたものの名前が全く分からないというのであるが、Aの通称なり、車で走るグループであればその名称なりについての何らかの手掛かりがあるのが通常であること、被告車が戻つてきてから、被告車を運転していた者から、氏名、電話番号を書いたメモを貰つていたが、そのメモを財布に入れておき、ズボンを洗濯した際に財布も一緒に洗濯してしまい、メモの字が見えなくなつてしまつたということであるが、そのメモは運転者を特定する唯一の手掛かりであり、交通事故の責任が問われたときには証拠となるものであるから、通常は大事に保管するものであるのにかかわらず、簡単にそれを無くしていることである。
次に、集合場所で車を貸せと言われて、鍵を取り上げられたとのことであるが、その際、暴行を受けたとか、脅迫行為があつたとかの事実は特になく、被告車を貸すことが拒否できなかつたのか、被告車が戻つてくるまで一時間位の時間があつたのであるから、その間に警察に届けるとかの措置が取れなかつたのか、また被告治を呼び出したAに助けてもらうことができなかつたのか、被告治は、Aは当初その場にいたが、鍵を取り上げられるときはいなかつたと供述しているが、右供述が不自然であること、また、被告車が全く知らない者によつて運転されることによる危険を回避するため、被告車に同乗するなりの措置がとれなかつたのかどうかという点である。
更に、後日、本件事故について警察で取り調べを受けたときには、当初は自損事故であると供述しており、被告車を取られたとは言つていなかつたことなど、被告治の供述にはその真実性について疑問を抱く諸点がある。
しかしながら、被告治の供述は、大筋に於いて矛盾がないこと、警察の調べの際、当初自損事故であると述べたことがあるが、その後被告治主張どおりの供述をしていること、原告琴実に対しても母親を介して被告車を運転していないと述べていることなどから、被告車を被告治は運転したものでなく当日集合したグループの一人が乗つて、その結果本件事故を惹起したとの事実が認定でき、被告車を被告治が運転して本件事故を起こしたという原告の主張は理由がない。
二 被告紀美子の責任について
証拠(甲一一、乙二、被告紀美子、被告治各本人)によれば、以下の事実が認められる。
被告車は、小型乗用自動車で初度登録が平成二年一二月であり、登録上の所有者は被告紀美子となつている。
所有者が、被告紀美子となつている経過については、被告紀美子の供述によれば、被告治から自動車を買いたいが、被告治の自宅の近くには空いている駐車場がないので車庫証明がとれなく、被告紀美子の名義で車庫証明を取りたいとの話があり、居住証明書と印鑑証明書を被告治に渡した。被告車が被告紀美子の名義となつていることは知らなく、単に車庫証明の名義のみであると思つていた、とのことである。
被告治の供述によれば、被告車を購入するについて、車庫証明の取れるところが無かつたので、叔母にあたる被告紀美子の名義を借りて、被告紀美子名義で購入したとのことである。
被告紀美子が車庫証明だけで、車の所有名義が自分になつていることは知らなかつたと述べている部分は、購入後、保険証の名義を移転するように被告治に言つていることから、直ちには信用できない。
しかしながら、被告車は、その購入代金一五五万円位を被告治が全額出したものであり、被告紀美子は全く出していないこと、購入後の維持管理についての諸経費についても被告紀美子は全く出していないこと、被告紀美子は被告車に一回も乗つたことはなく、専ら被告治が使用していたこと、被告紀美子は昭和五〇年ころから八尾市刑部に居住しており、本件が発生した当時も同様であり、平成三年暮れころから、被告治の母親が病気になつたので週二、三回手伝いに被告治宅を訪れることはあつたが、被告治と同居することもなかつたことが認められ、右事実から、被告車についての被告紀美子の運行支配は認められなく、自動車損害賠償保障法第三条の責任が発生することはない。
三 結論
以上によれば、その余の判断をするまでもなく、原告らの被告治、同紀美子に対する請求はいずれも理由がない。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 島川勝)